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GOAL

 

セネガル
2001.01.20 「GOAL」
ダカールのホテルテランガの裏、海に面した小さな広場が、世界初ハイブリッドカー・プリウスによるサハラ砂漠縦断の記念すべきゴール地点でした。

1月1日、冷たい雨のパリの出発を見送って以来、20日間の旅を終えて今ゴールしようとするプリウスが見えてきました。サハラを無事越えて来た誇りがそうさせるのか、それはとても頼もしい姿でした。ゴールしたプリウスから降りた横田隊長と握手をして、隊員とプリウスの労をねぎらい、喜び合った瞬間、この記念すべき時に、ここにこうして立ち会えた喜びをかみしめていました。

われわれにこんなすばらしい機会を与えていただいたトヨタ自動車の皆様、そしてはるか日本より毎日インターネットを通じて応援してくださった皆様、そして何より元気に走ってくれたプリウスに、あらためてここでアリガトウと言わせていただきます。

総合プロデューサー 渡辺 靖彰

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「ECO-MISSION2001@SAHARAを終えて」

ムービーカメラマン 松前 次三

1月1日、パリをスタートしてからの20日間を、青い大西洋を見ながら、今回のECO-MISSIONを振り返っています。 パリのスタートは、小雨降る夜中の3時でした。渡辺氏、砂原氏の見送りを受けて、分厚いジャンパーを着込んでスタート。以来南下するにしたがって1枚、また1枚と脱いで進みましたが、この旅で忘れられないとが3つありました。
1つはモロッコ出国の際、最南端ダクラの事件です。プリウスはすんなりとモーリタニア入国ができたのに対し、我々乗車のプラドは、1日遅れの入国になったことです。

2つめは前回のHPに書き込みしたように、プリウスの砂の中の走りは予想以上だったこと。

3つめは小宮雄一郎氏に出会ったこと。彼はシンガポールを2年前に出発して、リヤカーを引きながらモーリタニアに着いた。そして今後は南アフリカまで歩くという。

これら3つの思い出を体験しているときは、まさに熱風の中だったが、今プールサイドで日光浴をしている体に当たる風は非常に爽やかで心地よい。

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「南方郵便機とプリウス」

コーディネーター 谷 和日子

1920年代、フランスからアフリカへ命懸けで郵便を運んでいた飛行士たちがいた。名作「星の王子さま」を著した作家サン・テグジュペリもそのひとりで、当時の様子は彼の作品「南方郵便機」でうかがえる。

我々、横田紀一郎を代表とするECO-MISSION2001@SAHARAのメンバー6名も、当時の航空郵便会社(コンパニー・アエロポスタル)の伝説的な路線(ライン)をたどって南下した。

パリを出発して6日目、モロッコ・アガディールを経由してカップ・ジュビー(現在発行されているミシュラン地図ではタルファイア)を通過した。サン・テグジュペリは今から70年前、当時としては治安状態が極度に悪かったリオ・デ・オーロ(旧スペイン領西サハラ。現在モロッコに併合)のこの地の飛行場長に任命される。

大西洋とサハラ砂漠に挟まれたカップ・ジュビーでの生活の中で、飛行家についで作家が誕生し、処女作「南方郵便機」(1929年刊)が執筆された。

サン・テグジュペリは、当時の命懸けの冒険飛行を「たびたび発動機は、不意に、予告もなしに、皿や小鉢の壊れるような喧騒のうちに、ぼくらを見捨てたものだった」(訳・堀口大学)と記している。

21世紀のエコロジーカー“PRIUS”は、冒険という言葉を使うことなしに、安全にサハラを縦断して、ダカールに到着した。

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「ダカールにて」

メカニック 三角 武史

全走行距離7268kmを、プリウスが無事に走りきったことに関わってきた一人として、とても誇りに思い、胸熱くゴールできたことに感謝いたします。

ふと思い出すと、1日の走行距離が1200kmを越える日があったり、断崖絶壁の細い山道あり、雪山を走り抜けたかと思ったら、数日後には砂漠やデューンを横目で眺め、海が見えてほっとした日もありました。

モロッコ・モーリタニア国境で見た21世紀最初の天体ショー(月食)、不吉な予感がしたなと思った矢先の地元警察の間違いによる軍隊同行往復783kmの道のり。風景が変わらず、とても歯がゆい思いで走った日も、今は思い出話となり、日本では想像もつかない国境の地雷源を走り、ハンドルを握る手も今まで以上に手に汗を握るという実感もあった。車内の空気もはりつめていました。

1番心配していたヌアディブ・ヌアクショット間。横田隊長の30年以上の体験、勘をフルに生かし、4WD車も平気でスタックするような砂漠もなんのその走り抜け、今の今まで思っていた心配も一気に吹き飛んでしまった。プリウスの持つ性能がフルに発揮された瞬間でもあった。

心配、不安、思いもよらないようなトラブルなども、砂煙の中、疾走していくプリウスの姿を見たときから、埃とともに消え去ってしまいました。ハイブリッドカー・プリウスを開発、製作された方々みなさまにお礼を申し上げます。世界のTOYOTAが創りあげた、安心、信頼、安全、快適をひとつにまとめた自動車だと思い、同行させていただき、感謝しています。

結果、ノートラブル、ノーパンク。プリウス、ランクルともに自分の出る幕がひとつなく、変にくやしくさえ思います。環境を考えていく前に、まずひとりひとりの環境作りをし、保ち、それをひとりひとり増やしていくことによって、偉大なエコミッションが成功する。またヒトがよければ、村、町、地域、国の環境さえよい方向へ変わっていく気がしました。

その原点がこの20日間のミッションに託されていたのだと思います。自分も含めて。

「どっちがいい?」

スチールカメラマン 茅原田 哲郎

まずはプリウス、ランドクルーザー、そして横田隊長率いる6名のスタッフ全員が、無事ダカールにゴールできて本当によかったと思います。

つらかったこと・・・・それは・・・・なんかあったっけ?と今は笑ってエピソードとして話せることでしょうか?

ひとつだけ話せといえば「ダカールからパリに戻るのと、南アフリカへ下るのとどっちがいい?」と質問されたら、スタッフ全員が「南アへ下る!」と言ったことです。なぜかは皆様のご想像通りだと思います。

そして、アフリカの環境問題の話を一言で表現するのはとても難しいことだと感じました。写真でもそれは同じこと。いろんな意味で考えさせられた。21世紀最初の旅でありました。

スタッフをはじめ応援してくださった皆々様、ほんとうにありがとうございました。

サハラを走り抜いたプリウスにカンパイ!!

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「東京雪かき、サハラ砂かき」

Webディレクター 寺田 昌弘

前回のエコミッションで一緒にヨーロッパを回った西條君からメールが来た。「東京は雪かきですが、そちらはどうですか?」と。たぶん西條君が掻いた雪より、ぼくらが掻いた砂漠の砂のほうが格段に、軽く、少なかったと思う。それよりこの話ですごいことは、日本とサハラ砂漠の真ん中で、こんな世間話が簡単にできるということだ。

人と人を結ぶモノ。メールや電話で話しができる端末とインマルサット衛星。彼女に会いに行くときに運転しているクルマ、上司に提出する報告書、思わずおいしいと唸ってしまうほどの食事、話したくなるエピソード、きれいな花、美しい風景。プレゼント。

人と人の間になにかひとつ加わるだけで、コミュニケーションは豊かになる。

みなさんは今日どうしますか?メインディッシュにサイドオーダーを加えるだけですか?それともなにか今までしたことのないことでもして、その話を肴に、友達と飲みに行きますか?ぼくにとってエコミッションとは、現地のすばらしい人々と結ばれたり、日本でwebを楽しみにしてくれている人々との究極のコミュニケーションアイテムです。

関係各位の皆様はもちろんのこと、機会を与えてくださった渡辺会長、横田隊長、Webサポーターすべてに感謝いたします。本当にありがとうございました。


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エコミッションのホームページを楽しんでいただいているみなさまに「今だから話せるサハラ縦断ウラ話」を明日以降、リリースしていきます。本編ではでてこなかった内緒話、スタッフ裏話など盛りだくさんですので、ぜひお楽しみに。
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